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がんと闘いたくない癌闘病記 ブログトップ
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 忙しい夏、梅干し    2018年8月10日(金) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 今日、やっと梅干しの梅を干しました。やったー!昨年は雨で干せる日がなかったのですが、今年は毎日炎天下で、いつでもドンと来いという梅干し日和。

     ume 干し.jpg

 毎年、コージさんに干す場所のセッティングをしてもらうのですが、今年は一人で、朝からワタワタと忙しい。カメを開けて梅をざるにとる時に、蜂のようなカナブンのような虫が一匹ブンブンとうるさい。私のそばで、梅をザルにとる作業にブンブンまとわりつく。

 「コージさんなの?手伝いたいの?」とここまではよかったが、あんまりうるさいから、ついに、「うるさい!ジャマ!あっちいけ!」と言ってしまった、笑。

 梅に関しては、梅を取りに行くのから、紫蘇もぎ、干している時も一個一個ていねいに裏返していたから(基本彼はヒマなのである、笑)「オレの役割は大きかっただろう」と言いたかったのだろう。

  ハイハイ。今になって、随分陰で手伝ってたと、よくわかりました。


     IMG_2560[1].jpg

 昨日緑の寄せ植えをお悔やみにいただきました。今植物が癒しになっている私は、「うれぴ~!」の連発ですが、コージさんが「冬まで持つかな、殺すなよ」と絶対言ってる。

 今日は、コージさんの祭壇にお花もいただき、本当に有難うございます。

 
 ここ数日、今月17日からの新潟絵屋の個展の案内を送る作業で連日連夜格闘してました。けっこう今まで送ってたはずなのに、住所録が整理されてなくて(*_*;、彼のメモとか芳名帳をめくって、もう勘で(笑)書いて送って、ふー。

 彼が生きてたら一人でやっていたDМ発送作業を代わりに、まあよくやったね。


 というわけで、ホッと一息、グラノーラを、久々に作りました。

      IMG_2555[1].jpg

 おいしい~。アルコール片手にブログ書きながら、ボリボリ。

 材料は、有機オートミール250g、菜種油50㏄、メープルシロップ大匙3と1/2、ドライフルーツ&ナッツ、それだけでいい。おいもで全部そろいます。

 昨日からオーサワセールが始まり、お店もあと2日でお盆休みです。今年はのんびりと故人を偲ぶつもりが、7月から梅、8月は個展とセールと予想外に忙しくなり息切れして、故人のご飯もそっちのけ(苦笑)。

 忙しいと寂しさや悲しみを忘れるのですが、お花を頂いたり、気にかけてもらうともうダメですわ。

 
 
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 植木屋もどき     2018年7月23日(月) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 ここ数日、植木屋になっていた。駐車場の元気だったコニファーが、コージさんが亡くなった頃から、枯れ始めて枝葉がみな茶色くなってしまった。なぜだろう?ショック!

 枯れた太い木を抜くのも大変で、コージがいたらすぐ頼むのだが、私では無理だなあと毎日眺めていたら、緑の葉が所々出て来てる…!あれ生きてるの?

 で、はじめて、両手ばさみを買ってきて、自分でやろう。下から2番目に安いの、はは。
 使ったことないから使い方わからなくて、エイエイッと空気を切って空振りしてたり、トホホ。 とにかくちからまかせに、茶色く枯れた枝葉を次々切っていった。

 コニファーは針葉樹だから、手にチクチク刺さり、切った葉っぱが頭の上から落ちると、胸や服の中にチクチクが入る、靴下にも。朝夕涼しい時に3日かけてやった。緑の葉を残して、これからも生きるだろうと。

   コニファー.jpg

 右が同時に植えたコニファー。左だけがてっぺんからほとんど茶色く枯れてしまい。
 
   koni2.jpg こんな姿に

 上手いのか、下手なのか。ま、こんなもんでしょ。よくやったわ、にわか植木屋。
 ただ、買って3日使った両手ばさみ、なんかキレが悪くなったような。。。

 コージが見てたら、絶対言われる。
 
 「下手だな。ちからまかせにやればいいってもんじゃない」  

  「オレは切るのが上手だからな」

  「ハイハイ、人を切るのがね」


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 おらおらでひとりいぐも 2018年7月22日(日) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 「この先一人で、どやって暮らす。こまったぁ、どうすんべぇ」

 63歳で芥川賞受賞の新人、若竹千佐子さんは岩手県遠野市出身で、はじめて書いた小説「おらおらでひとりでいぐも」は、全編東北弁で夫を亡くした70代の桃子さんの悶々とした心の内と、そこからの気づきを描いている。

 ふだん私は賞をとったり、ベストセラーになった本は買わないのだが、たまたまこの本を送ってくれた人がいて、しばらく本は読めなかったが、ようやく最近手にとってみた。

 ふーんと読み進んで、あるページに来て、おら、ぶったまげた。


    14日(土おらおらで.jpg
  70 おらおらで.jpg

 まったくその通りといわばかり文章表現に何度も読み返した。
 まあ、若竹さんと桃子さんは、最愛の夫を亡くしたというところはちょっとちがうが。
 最愛でなくても、おんなじことを思うんだな、夫婦というのは複雑だ。

 この本は初の玄冬小説といって、青春小説の対極だという。そうなんだ…。

 若竹千佐子さんhttps://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180421-00010001-jisin-ent

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 年に一度の梅しごと     2018年7月19日(木) [がんと闘いたくない癌闘病記]

  年に一度の梅仕事。今日で漬けるところまで何とか終わりました。

 15日(日)に、江刺まで夫のワゴン車で一人ではじめての遠出で慎重に運転。その日おいも用に収穫された新鮮な完熟梅を受け取って帰ったのが夜の7時過ぎ。前日から緊張してましたが、まず無事にやれて、よかった。

    うめ.jpg

 翌日は、次々と予約の方が梅を取りに来られ、発送もあり、目が回るような忙しさ。
 うちの梅は、翌日の定休日に前年の梅干しを移してカメを空けて、今日漬けた。
 いつもコージにやってもらっていた梅のヘタ取り作業は、量が多いので適当に(笑)。

 後は、月末の赤紫蘇の収穫を待ち、その後土用干し3日で終わり。

 今日こそは更新しよう!と書き始めたら、いつのまにか寝てしまい、電気つけっぱなしで、化粧も落とさず、目が覚めたら夜中だった…(;^ω^)。

 梅を取りに行くことやヘタ取り、カメや重しの準備など、その後の赤紫蘇はまとめて来るので、予約分に計って分けたり、紫蘇の葉をもいだり、随分コージさんにやってもらうことの多い梅しごとだった。

 仕方ない、これからは一人でやっていくのに慣れなきゃ。常連の若いママさんが、紫蘇を1キロずつ分ける作業を手伝います!と言ってくれた。本当にありがたい、うれしい。


    IMG_0959[1].jpg 昨年の風景

 昨年がんが見つかる秋までに、薪をたくさん準備してくれていた。今年の分まで。
 不思議だ。カンがいい人だから、虫の知らせもあったのかなぁ。薪をありがとう。



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 がんと玉川温泉       2018年7月1日(日) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 今日から7月。もう今年も半分終わり、暑くてマイッタ。病気の方は尚更大変ですね。

 先日見た、NHKの「ドキュメント72時間」という番組は、秋田の玉川温泉でした。
 天然のラジウムで病気を治そうと、全国から末期癌などの方が岩盤浴の湯治に来ます。
 http://www4.nhk.or.jp/72hours/x/2018-06-22/21/1454/1199221/ 

 「生きるために生きる」と言う、がん患者たち。

 その中で印象に残った、一人の女性がいました。

 「こんな山歩きでないふつうの格好で恥ずかしいんですが…。病気でない私がいてすみません」と、周りの病気を治したいという方たちに申し訳なさそうにして、神奈川からはじめて玉川温泉に来たという55歳の女性。

 「5年前に夫を癌で亡くしました。生きている間にここへ連れてきたかった。喉頭がんで見つかった時は余命1ヶ月と言われ、あっという間でした。思い出をつくる時間もなかった。いる時はあたりまえのように思っていたのに、いなくなってから気づくことが多くて」と、静かにインタビューに答えていました。


 5年たって、一人で、どんなことろか確かめたくて…玉川温泉に。
 喉頭がんで余命1ヶ月とは。なんだか、切ないくらいに、気持ちがわかる。

 治療のしようがない、医者に見放されたがん患者が来るというラジウム温泉。もしかして、無理やりにでも連れてきたら、余命は延びたのではないかという想いが、この方にはずっとあったのだと思う。

 ああすればよかったとか、私の力が足りなかったとか、その時は精一杯やってても、どれだけ自分を責めて、悲しみとさびしい日々を過ごしてきたのか。。。涙が出てしまった。


 私はきっと1、2年もたてば、サバサバとして一人の人生を歩いていくと思うけれど。
 まあ、夫が残した品物の山は、1、2年では片付かないかも、はあ~"(-""-)"。
 

 「ま、オレを思い出しながら、ゆっくり片づければー」

 死んでからもなお、妻に苦労をかけ続ける夫。

  あの世で会いたくないわ。
 

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 介護サービス      2018年6月22日(金) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 6月の市の広報に、介護保険のことが大きく載っていた。「みんなで支える介護保険」。そこには、保険料を納めましょうというだけで、利用の仕方や案内はどこにも書いてない。

     IMG_2409[1].jpg

 「まだ、知らないで布団で寝ている人は多いんですよ。ほんと、もったいないですね」と言うのは、介護ベッドをレンタルしてくれた福祉用具の会社のAさん。40歳から国民が国保の中で介護保険料を払っているということもはじめて知った。

 行政は、年金もだが、保険料を払えと積極的に言うが、いざ受給する年齢になっても、また介護サービスに関しても、向こうから支払う時はこちらから聞きにいかない限り、わざわざ教えてくれない。それがおかしい、腹が立つ。

 
 コージさんが65歳になった昨年の秋から、介護保険料の納付書が届くようになり、介護なんてまだまだと思っていたから、その金額にびっくりした。
 
 コージさんが1月に腫瘍の痛みと食べれなくなった時点で、在宅でのレンタルベッドや入浴介助などの介護サービスを、行政のケアマネージャーがいるから聞いておいた方がいいよと友人からアドバイスを受けていた。

 
 だが、1月末からさわうち病院に4週間入院し、3月は在宅で花巻病院の訪問看護を受け始めたが、まだ歩けたので、特にベッドの必要も感じず、看護師さんも「介護でなく看護です」と。何事もははじめてでよくわからなかった。

 コタツに座って「骨が当たって、お尻が痛い」と言いはじめて、床ずれになる寸前で、看護師さんとケアマネさんから、床ずれ防止のマットレスやクッションのレンタルを提案された。介護保険の申請をしていなかったので、認定までの1か月は自費になるかもと。


 3月10日過ぎ、銀座の個展のDМハガキを1枚1枚自分で宛名を書き、同時に「オレじゃないとわからないから」と確定申告を2日間夜なべ作業でやった後、自分の仕事をやりきったかのように、布団から起きれなくなった。

 水もジュースも少ししか飲めなくなり、何とか少しでも口からものを食べさせたい、布団に寝たきりでは喉を通りにくいから、起き上がって食べれるようにと、やっと電動の介護ベッドを入れたのは3月20日。その直後に、行政の介護審査委員が入り、要介護5と認定された。(1と5でどっちが重いのかもわからなかったが、たぶん5が一番重い)


 最新式の電動ベッドは背もたれの角度も床からの高さもリモコンで操作でき、私も世話をするのに予想以上に快適であった。もっと早く利用すればよかったなぁ。結局もう食べられず、4日間使っただけで残念だった。

 コージさんが亡くなった日に、またいつもの布団に寝かせたいという希望に、Aさんは休日にもかかわらず、盛岡からベッドの解体に来てくれた。

 そして、1か月後の支払いの時、介護保険で1割負担なので、ベッドは月額9000円が900円、マットレスが400円、サイドテーブルは200円という安さにびっくり、有難い。

 「せっかく保険料を払っているのだから、皆さん利用した方がいいですよね」と、Aさんの対応に感謝すると、冒頭の「そうなんです。まだ知らないで布団で…」という言葉になった。介護保険料の使いみちで介護サービスはほんの一部で、あと何だっけ、教えてもらったけど忘れた。

 いずれ、みんな払っているんだから、必要になったら利用した方がいいです。いや、介護をする側、される側にならないのが一番、ですが。
 
 
      IMG_9269[1].jpg

 


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 ぶたに真珠、ぶんにスマホ 2018年6月17日(日) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 ブログをしばらく空けてしまいました。毎日のぞいて下さる皆さま、ごめんなさい。

 先週、フェアトレードの出張で東京に行ってきました。そのことを書こうと帰ってから毎晩パソコンに向かっていましたが、かなり書いたところで消えてしまったり、途中うたた寝してしまったり。はああ、これは書くなということなのか?いやいや、やっぱり、しぶとく書くわ。


 コージさんが亡くなってはじめての、半年ぶりの東京行き。まだ行きたくないなあ、いや気分転換になるかなという気持ちが交錯して、やはり腰が重かったのか、奇妙な行動をしてしまいました。東京駅で電車に乗るのに、人が次々と湧いて向かってくるもんだから、だんだん、酸素が足りない、緑どこだあ、息がはっはっと?マジか、前は大丈夫だったのに。

 目的地まで行くのに、乗り換え案内ジョルダンでしっかり調べたつもりが、快速と各停を間違えた?あれ乗り越したかなと思って飛び降りて、反対方向に戻ったら、目的地から益々離れてしまい(-_-メ)。はああ、ジョルダン、ジョウダンはよせよ~。

 翌日も、目黒の隣の不動駅に行くつもりが、下りて改札を出たら風景が違う?切符売り場を見上げたら、ここは次の駅の武蔵小山。…乗り越した。快速だった。どうも疲れてるな。

 私の不注意が原因なのだが、実は今回はじめてスマホを持って(コージさんの入院時に買い与えたのが私に)、乗り換え案内便利やなあ~とさんざん調べて安心してたのが間違いだった。

 以前携帯を持たない私は、手帳の路線図で確認してから、駅員さんに「ここからここまで一番早く行きたいのですが」とすぐに聞いていた。それが一番確実で、間違いなく着けた。

 私みたいに携帯やネットを使いこなせない人間は、ヘタに機械に頼ってしまうと、注意力や感覚が鈍ってしまうことがわかった。ただでさえ方向オンチなんだから、地理は人にすぐ聞こう。

 ちなみに、携帯は家族の連絡用で、ふだんは固定電話とパソコンで十分なので、携帯の電話もメールもほとんど使いません。自分の番号も覚えてません(^_^;)。

 
 映画を1本観ました。「モリのいる場所」http://mori-movie.com/
 
 知らなかった映画ですが、出張前にカフェにはじめて来られた女性が、奥の部屋の祭壇を見て聞かれたので、夫のことを話したら、帰り際に、「今朝横浜でこの映画を観て、ご主人が画家と聞いて重なって。このパンフ、私はもう読んだからあげるね」と頂いたのです。

 熊谷守一、名前は聞いたことがあったが、絵は知らなかった。が、山崎努にコージさんが似ていると誰かに言われたことがあって、どこか縁があるのかな。ちょうど上映中で、観たいなと。

 94歳のモリ役の山崎努はシワが多くて、65歳のコージに似ていた。妻役の樹木希林は上手い。こんなにいい役者だったんだ。全身ガンを患いながら、現役で仕事をしているのは奇跡だといわれる。すごいな、羨ましい。生命力が違うのかな。

 コージさんは若い頃映画をよく観て、映画のシーンを真似るので、「ヤクシャ」とよばれていたらしいが、二人で映画を観た思い出は少ない。これ、一緒に観たかったな。

 
 今回も往復夜行バスで行った。コージさんは気力・体力が弱い人だから(笑)、夜行バスは使わず、私にも新幹線を使えと言っていたけれど。私はうちの経済や途上国の生活を考えると、東京往復2万5千円がもったいないと思ってしまう。比べて、夜行バスが随分安いので、少しの我慢でバスを使い、浮いたお金でフェアトレードの服が1枚買えるとか、カンパできるとか考える。貧乏性。
 
 いつか、新幹線で東京の美術館に行くような余裕の生活を夢みているけれど、ハハ。
 
 
 つらいのは、送り迎えをする人がいなくなったこと。夜中の0時40分と朝方の5時20分、「一人で歩いて行けるし、帰りも歩くから寝てていいよ」と言っても、必ず駅のバス乗り場まで車で送り迎えしてくれた夫。

 子どもたちも高校の電車通学の時から、駅まで迎えに来てとあたりまえのように言うから、「たかだか10~15分の距離、歩いて帰れー!」と私が言っても、コージはホイホイと迎えに行く。甘いんだか優しいのか。


 花巻駅、朝5時20分着。バスを降りても、いつもの夫の車はない。数台の他の迎えの車を見ないようにして、サッサと足早に歩いて行った。

 帰って東京の出来事を報告し、乗り換えのドジを笑いとばす相手もいない。さびしいな。

 

 明日、明後日は休みです。


 
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  書くことは恥書き    2018年6月6日(水) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 お店のブログなのに、さっぱり商品やお店のアピールが二の次のヘンなブログですみません(>_<)といつも思っています。
 
 2月にお店の営業時間と夫の病気を公表してから、なぜかブログのアクセス数が増えました。3月末に夫が亡くなってからも、あれこれ闘病記なのか回想録なのか、相変わらず店主の個人的なことをグチャグチャ書いてます。大丈夫かいな…(*'ω'*)。

 「ブログがあってよかったと心底思ったよ」「泣いたり、時にクスッと笑って、楽しみに読んでいます」「自分が好きなように書いたらいいよ」「自分の時は、酒を飲み、泣きながら書く(吐き出す)ことで、徐々に再生されていきました」みんな、やさしい。

 「作品を発表することは、自分をさらけ出すことだから、勇気がいることです」と言ったひとがいて、作品ではないけれど、書くのもまた恥書きで勇気がいることなのかと納得。

    IMG_2306[1].jpg赤いクローバー

 そして、最近特に感じたのが、大切な家族を亡くした方の言葉はどこか違うのです。

 「大丈夫ですか?無理しないでゆっくりと」とさりげない声かけから、今まで話さなかったご自分のつらい経験を聞いてえっとびっくり。でも、なぜか心が落ち着きます。
 
 逆に、闘病している人や家族を亡くした人に、「頑張ってね」は微妙な励ましで、むずかしいなあと。今まで私も言ってきた言葉ですが、経験してはじめて分かりました。

 
 先日「夫の一周忌を終えました」という、私よりもずっと若い方でご主人が急死された方と、色々お話しました。「夫は私の中にいます。私をいつも見守ってくれています」と、明るく今後の自分の人生を前向きに受け止めてて、すごいなと思いました。

 何をやるにしても、これはコージさんがやってた、あー大変!とかグチグチ言いながら、もしかして「やっぱりオレがいないとダメだな」と、今でも奥から出てきそうな気がします。

 死んだのは現実だけど、「私の中にいる」とはぜんぜん思えなくて、まだ彼の死を素直に受けとめられない自分がいるのだと。自分はもっとサバサバしてるかと思ったけどなあ。


    IMG_2307[1].jpgやまぼうしの花

 この間、カフェでお客さんと話の流れで、コージさんの欠点もつい長々と話していたら、突然流しの下でガラガラッと鍋が崩れ落ちる音がして、「え?何も振動もないのに?」
 あ~コージが、「またー、余計なオレの悪口言ってー(; ・`д・´)」と怒ってるんだ(笑)。

 うちの夫は、私を見守っているのではなく、見張っているのか?コラコラ。

 
 前回のキャンドルにしても、コージがきっと言いそうなことを浮かんだ。

 「トゲをいっぱい入れた、ぶんちゃんキャンドルを作ったらいいんじゃない?

  あ、くさいキャンドル♪ わかるー?」  
 
    
     ぶた絵.jpg ブヒッ


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 コージ・キャンドル    2018年6月2日(土) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 葬儀から1か月の間に、コージさんにお供えして下さいとたくさんのお花をいただきました。4月の祭壇は白雪姫のようにお花に囲まれて、私たちもお花と香りに癒されました。これまでも、ドライフラワーが吊るしているおいも店内で、よく「売らないのですか?」と聞かれます。

 いただいたお花をドライにできたらいいのですが、春の花はドライになるのが少なくて、何らかの形で残せたらと思いついたのが、キャンドルでした。

 うちにカフェができてから毎年クリスマスの頃に、キャンドル展でカフェの雰囲気を盛り上げてくれたカオリさんが葬儀に来て下さって、後日相談したら快く応じてくれました。

 ドライにならないような花びらも大丈夫ということで、カオリさんにお花を選んでもらい、コージさんのカラフルな絵をじーっと見て、絵のイメージで作ってみますね!と。

   絵葉書.jpg 

 お花をたくさん入れると制作過程で精油が揮発するので、通常は香りは入れないそうですが、今回はメモリアルということで特別にお願いして、どの香りにしようかと次々精油を嗅いで相談。

 甘くも爽やかでもない(笑)コージさんらしい、松などの樹木の香りを入れてもらいました。ローズゼラニウム、パインスコッチ、エレミの天然精油のブレンドです。そしてできたのが、こちら。どれも素敵で、使うのがもったいなくて灯せません(^_^;)。

   キャンドル.jpg


 カオリさんはキャンドル作家のかたわら、ワークショップに力を入れていて好評です。ワークショップの秋までの日程のチラシもあります。また、今回のように、お花を持ち込んで記念のキャンドル制作も受けています。

 Luontoホームページ https://www.luontocandle.net/index.html
 Luontoフェイスブックhttps://www.facebook.com/Luonto-1718047411773912/

「オレのキャンドル作ってくれて、照れるよな。

 ま、臭い匂ひでなくて、いがったあ~

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 北上の諄子美術館    2018年5月31日(木) [がんと闘いたくない癌闘病記]

 先日、北上市の諄子美術館に行きました。北上駅前のビルの5階です。

 館長の及川諄子さんは、コージさんが最初に作品を発表した、東和町の土澤アートフェスタで廃屋の食堂の壁に飾られていた作品に感動されて、初めて購入して下さった方です。

 コージさんの初期の貴重な作品がここにあります。粗削りな初期の作品が私は好きです。

     絵.jpg

 お世話になった諄子さんへのご挨拶と、ちょうどコージさんの友人の田村晴樹さんの個展を開催していたこともあり、早く行かなくてはと思っていました。

 田村さんは、コージさんの県内の個展の時はいつもDМハガキの制作をお願いしていた方で、お互い画家として尊重し、信頼し合う間柄でした。田村晴樹さんの個展は6月中旬まで開催しています。田村晴樹さん http://www.geocities.jp/harumakit/

 諄子美術館には、企画展展示室のほかに、館長所蔵作品の常設展示室もありますが、コージさんの作品を奥から特別に出して頂き、見せてもらいました。

     IMG_2268[1].jpg

 2005年の一番最初の作品00、01、02…。うう、1点くらい手元に残しておきたかった。

 でも、コージさんはいつも、作品はほしい人の手に渡った方がいいんだと言っていた。
 諄子さんも、作品は手放して見てもらわないと、大成しないとも言うのよと。そうか…。

         好きな絵.jpg

 50歳で画家を目指してから、亡くなるまでの15年間で200点以上の作品を制作し(いやほんとかな?番号はそうだが)、多くがほしい人の手に渡り(だとしたら、売り上げで潤ってもいいはずだが!?)、今手元にはあまり残っていません。コージの作品を見たいなー。

 いつか、回顧展のようなものをできたらいいなと願っています。
 
     IMG_2283[1].jpg

 
 余談ですが、3月の銀座の個展で作品を購入された方のブログを知りました。ステンドグラスを教えたり制作されている方で、5月9日のブログでコージさんの絵のことを書いて下さっています。有難うございます。「ステンドグラス悪童日記」http://e-ribo.com/blog/


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