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  風の電話とハピスコーヒー    2017年9月12日(火) [東日本大震災]

  また、しばらく更新できず、すみません(*_*;。いろいろ、思うトコロあり。。

  ちょうど1週間前に、中学時代の同級生がブログを見て、私のお店に来たい
  とわざわざ新潟から4人で初めて花巻へ。何十年ぶりかの再会でお互いに皆
  おばちゃんになってますが、面影はそのままですぐに昔に戻りました(^_^;)。

  皆ニュースだけで聞いてて、忘れたくないので、被災地に行きたいというので、
  大槌、釜石に連れていきました。その気持ちがうれしいと思い、私もしばらく
  行ってなくて、短時間でどこに連れていっていいものかと知人に相談したら、
  「風の電話」は?と勧められ、事前に連絡して、勉強もして行きました。

  佐々木格さんご夫妻が個人でやっていられる、本当に素晴らしいガーデン。
  その中にひっそりとある電話ボックス。何か、空気がちがっていました。
  佐々木さんはお忙しそうで、お話は伺えなかったのですが、奥様から少し、
  絵本のある素敵な手づくりの「森の図書館」で、お話を伺いました。

  震災後にとても有名になった「風の電話」ですが、報道が一人歩きして、
  佐々木さんの本意が伝わらなかったりで、6年たった今、本を書かれました。

     風の電話.jpg

  ガーデンの写真撮影禁止だったのと、もっと「風の電話」を知りたいと思い、
  本とCDを買ってきました。CDは大久保正人さんが佐々木さんの詩を作曲し、
  さちさんが透明な声で歌っています。ジャケットの写真はなんと藤原新也さん。

  本の内容もまた本当に素晴らしい。私は、時間もなくてどこか消化不良で帰った
  ことが残念でいましたが、本を読んで納得しました。そうだったのかと。
 
  「風の電話」で、しまっていた悲しみやつらさを話すことで、元気になって
  帰る人も多いと聞きました。本もCDもぜひ手にとってみてください。

     大槌.jpg

  震災から1か月後に来た時はガレキの山だったのが、今は撤去されて平地に
  なっているけど、何もない。工事が延々と続く。もう6年も経つというのに。

  釜石駅前の鈴子広場でキッチンカーで営業していたハピス・コーヒーへ。
  みんな揃ってアフォガードの注文(^^)。コーヒーゼリーとジェラート、うまい!

      IMG_1025[1].jpg

  岩鼻さんは、実家が津波で全壊して、東京での経営コンサルタントの仕事を
  辞めて、釜石に戻り、フェアトレード・コーヒー1本で始めました。エライ。
  現在15種類のコーヒーを扱っていて、自分で焙煎しています。全日本ハンド・
  ドリップ・コーヒーの選手権で第4位という腕前の持ち主で、おいしいです。

  とっても優しい人柄です。この広場も来年の3月までなので、どこかに店舗を
  持ちたいと頑張っています。週末は県内のイベントに出店していますので、
  フェイスブックなどでチェックして、ぜひハピスを応援してください(^o^)/。


  

  

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 アンテナショップ 結海(ゆうみ)         2014年3月11日(火) [東日本大震災]

  今日は東日本大震災から3年の日。
  いつも何もできていないことにジレンマを感じながら、今日は火曜日だったので、やっと結海に。

              無題.jpg

  ここは、震災の1年後にできた、被災地支援のアンテナショップ…。
  震災の日、大槌町の浪板観光ホテルに宿泊の秋田の五城目町の老人クラブの皆さんが被災し、
  ホテルの従業員の懸命な誘導で避難し、命を助けられたと、老人クラブの皆さんの大槌町の支援
  活動が町同士の交流につながり、真ん中に位置する花巻で両町の産直交流ショップを開店した。

              無題2.jpg

  被災して花巻に避難してきた女性たちの雇用にもつながっているが、経営面からか助成の削減
  からか、最近は減って、今は大槌町から2名、陸前高田市から1名、山田町から1名とのこと。

              無題22.jpg

  三陸わかめやくきわかめ、海苔、カツオのなまり節などを買った。今やどこでも買える三陸の
  物産だけど、意識してこういうお店で買ってあげたい、お金を使いたいと思う。忘れないためにも。
    
              無題3.jpg

  漁場の浮き玉をイメージした、ビー玉を魚網で編んだストラップも、結海オリジナル商品説明付。
  大300円、小2個400円。おみやげやプレゼントにも、レジのきれいな女性のおすすめ。
  「花巻で家を建てた人もいるけどー。私もずっといるかどうか…、でも、帰るうちもないしねえ」

                無題1.jpg
 
  国道4号線沿い、おいしい漬物の金婚亭の横の、元銀婚亭の建物で、お酒やクラフトも。
  毎月11日は結の市とのことですが、今日は慰霊祭でお休み。皆さん、行ってみてね。

 ガレキ検討だけで18億円!             2013年3月10日(日) [東日本大震災]

 今日はすごい強風で、長い板塀がバタバタと倒れていきました。(>_<) こんな日はヒマかなと
 思ってたら、仙台から温泉帰りの方やわざわざ一関市、奥州市からも来て下さいました。<(_ _)>

 午後3時頃から、強風から猛吹雪になり、雪が舞っています!寒い。<`~´>

 私の足の方は痛みもひいて、ほぼふつうに歩けるようになりました。あの病院の日は、5年
 ぶりに(!)風邪もひいたようで、どうも具合も良くなかったのです。ご心配おかけしました。

 今日もほづみさんが春服のディスプレイを変えてくれ、新商品なども写真をupしたいのですが、
 娘が学校のプロジェクトで2週間アメリカに行き、デジカメ持って行ったため、アウトです。

 急ですが、今日の夜9時?NHKBSテレビで、フィリピンのマニラで元ストリートチルドレンの若者と
 一緒にマクロビのレストラン「ユニカセ」をやっている女性、中村八千代さんが放映されます。

 私はマニラに行く前から聞いていて、ぜひユニカセに行きたいと願いつつ、ちょうど移転休業中で
 叶いませんでした。その大変な奮闘ぶりが取材されています。私はBS見れないけど…(ーー;)。

 明日は震災から丸2年の日です。フィリピンで出会った人からも、「もう復興しているんでしょ」と、
 話しかけられ、「いえ、全然まだまだです」と答えたら、びっくりしていました。ほんとうに…。

 復興に使われるべきお金が、被災地にちゃんと使われていないことが問題になっていますが、
 このニュースにもあきれました。マスコミもこんな事実を追及し、もっと問題にしてほしいです。
 
 TV東京がガレキの予算は復興予算の流用だということを放送しています。

 http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/newsanswer/feature/post_36786/

 ガレキ受け入れを検討しただけで、交付金が出るとは。埼玉県川口市は焼却炉を修理中にも
 かかわらず、ガレキ受け入れを検討しただけで18億円の交付金を受け取ったようです。
 
 環境省も受け取る自治体の感覚も信じられない。国民に増税しての税金からですよ。<`ヘ´>


 講演会「命てんでんこ~大津波から復興へ」   2012年5月10日(木) [東日本大震災]

  貴重な講演会のお知らせです。

  今度の日曜日に、大槌町で被災された赤崎幾哉さんの講演会を行ないます。
   このブログでも、昨年避難所生活と仮設住宅でと、2回登場していただきました。

   「お産と地域医療を考える会」の総会後の講演会ですが、公開でどなたでも参加可能です

  
          ~ 「お産と地域医療を考える会」の総会と講演会 ~

     日時  :  2012年5月13日(日)10時~12時  (講演会は10時40分頃からの予定)

     会場  :  花巻市まなび学園・2階和室 (0198‐23‐4234)

     タイトル :  命てんでんこ ~大津波の惨状、避難所生活、そして復興へ

     講師   : 赤崎幾哉氏 (鍼灸師)


   赤崎さんは、元・大槌町町議を3期つとめられ、私が2004年に産科休診問題で「お産と地域
   医療を考える会」を仲間と設立したときの新聞報道を見て、すぐに参加されました。

   大槌町には産科施設がないので、地元に安心して出産できる環境をつくりたいと熱い想いです。
   30年以上の鍼灸師としての経験から、女性の出産によるからだの変化もよくご存知です。

   昨年の震災で、7年前に建てたばかりの自宅と鍼灸治療院を津波で全部流されました。
   震災直後は、近所のお年寄りを避難させるために奔走されました。
   その体験と今後の復興のことをお話していただきます。

   考える会は、県内外に会員がいますが、総会への参加が少なく、赤崎さんのお話を
   少人数ではもったいなくて、よかったら、ぜひご参加ください!無料です。子連れOKです。

   ご不明な点は、おいものせなかの新田まで、ご連絡ください。

 お産サポートJAPANの岩手訪問 2日目    2011年7月28日(木) [東日本大震災]

 お産サポートJAPANの小川さん、岡崎さんと一緒に沿岸の被災地に行きました。
 
 町の9割が被災した大槌町で、以前ブログでも紹介した町議の赤崎さんに案内して頂きました。
赤崎さんがいた避難所、城山体育館から展望台に上って、被災した町の風景を説明してもらいました。

                大槌.jpg

 「あそこが公民館、あれが役場、あそこにうちがあってね。この下のお寺が避難所だったけど、そこも危ないというので、そこからお墓の間の道を上って、助かったんです。それでも危機一髪で。流された人もいました…」

 次に、まだがれきが残る町なかを案内してもらい、3週間前に入居したという仮設住宅に行きました。
 大槌町は、海のそばで平地が続き、その分津波の被害も大きかったのですが、仮設住宅もなかなか高台がなく、海沿いから10分ほど車を走らせていくと、突然田んぼの真ん中に現れてきました。
 
                 仮設.jpg
 車がないと買い物にも不便です。赤崎さんも、大槌に店はないので、40分かけて釜石まで行きます。
 仮設は4畳半2間と台所で、奥様と二人住まい、家族構成に合わせた広さです。ただ、収納場所が少なく、台所に棚を作ろうにも壁に釘を打つのはダメといわれて憤慨してました。震災前は、広い敷地に自宅と鍼灸治療院を新築して7年住んだだけで津波が来て、残ったのは借金だけ…。本当に悔しい。  

                  赤崎さん.jpg

 大槌の後は、大船渡市三陸町の山下さんを訪ねました。山下さんは、海から離れていたので、家も家族も無事でしたが、自然卵の養鶏を営んでいて、3.11の金曜日は妻の直子さんが陸前高田に卵の配達に行ってました。本人は危機一髪で戻ってくれたものの、卵のお客さんの多くの家が流されたのです。震災直後は、避難所に卵を無料で配って歩きました。お客さんが仮設に入って、またとりはじめてくれたものの、新たな問題が出てきました。

 「震災だけだったら(復興に)頑張れるけど、まさか放射能の問題が出てくるとはねえ」とお母さん。

 山下さんは、卵と鶏肉を検査に出した結果、卵は大丈夫でしたが、鶏肉にセシウムが出て、販売を中止しました。いくら自給自足とはいえ、収入が落ちて厳しいはず。でも、「ここ1~2年の辛抱かなと考えています」と弱音を吐かず、明るくて、さすが若いときから田畑の仕事、鶏の絞め方も上手かった直子さんです。

 原発の話になり、小川さんが住む東京の地域では(被災地のことより)放射能の話題ばかりとか。給食で岩手のお米を使っていたけど、岩手は放射能検査をしないから、岩手のコメを買わない運動(署名活動)をしているというのです。小川さんはその運動には疑問があり、署名はしなかったけれど、実際に原発の影響で丹精込めて育てた農産物が売れない、買ってもらえない生産者の苦悩を、消費者はどれだけ知っているのでしょう。

 帰りに残念ながら陸前高田を回る時間がなかった・・・。岩手は県で一番大きく広くて、沿岸に行くのに最低1時間半から2時間かかるので、2か所が精一杯でした。今回、行く前に友人が沢山の贈答品を届けてくれたので、他の支援の商品と一緒に届けたら、必要な人に分けますと喜んでもらえてうれしかった。

 少しは、小川さんたちのお産サポートの訪問目的を達成できたかな。また、来てくださいね。
 

 お産サポートJAPANの岩手訪問 1日目     2011年7月27日(水) [東日本大震災]

 今年は大不作の中、いわえんさん渾身の立派な梅が先週届き、追熟させつつも、日曜日はお客様。月曜日まで待ってね~と声かけたら、ぷんぷんといい香りをさせてクサらずに待っててくれた。
                梅.jpg

 お客様は、NPO法人「お産サポートJAPAN」理事の小川さん(東京)と助産師の岡崎さん(滋賀)です。私が岩手で男性助産婦導入反対に奔走した時、一緒に闘った(!)全国の仲間で、うれしい訪問でした。

 お産サポートJAPANは2000年に全国で展開した男性助産婦反対運動の後に設立され、安心できる出産環境は国の政策を変えることからという趣旨に共感して、私も当初から会員になっています。(HPhttp://www7a.biglobe.ne.jp/~osansupport/でその目的や活動内容、また5年前の会のシンポジウムで私や佐藤(助産師)が報告した岩手の現状も「資料」で読めます。)


 お産サポートは震災直後から物資支援も行なってきましたが、今回の訪問は、お産サポートで集まった支援金を被災地の母子保健や女性の支援に使いたいということで、現状調査と情報収集でした。

 2日間で、私の知る範囲の案内でどれだけ有効な調査が提供できるか?ですが、初日はまず「お産と地域医療を考える会」が協力している、花巻の被災妊産婦受け入れ事業を見学、産婦さんやスタッフの話を聞きました。その後、電車で盛岡に行って、「もりおか女性センター」センター長の田端八重子さんにお会いして、被災地の女性支援の活動を伺いました。日報の記事http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110502_14 

 もりおか女性センターは内閣府の助成を受けて、5月から被災地で女性が抱える問題や悩みの電話相談事業と岩手助産師会の協力で助産師が避難所に直接行ってマッサージや相談を行ってきました。心配されていた避難所での女性の性被害は阪神大震災より少なかったようですが、今後は、仮設住宅に入ってから、仕事の収入がないことで、密室でのDVや性虐待などの問題が増えるでしょうと心配されていました。

 田端さんは、長年DVや女性問題の活動を続けてこられた方で、その経験から出てくる言葉は明解で説得力があり、圧倒されました。また、「実はとてもタイムリーなんですよ!」と、被災地の女性の起業を応援するために、仮設住宅のお年寄りのお買物代行と安否確認を兼ねる仕事を女性たちの収入にという新たな事業が決まったばかりとのこと。ただ、これは助成金が来年3月までで、その7か月の間に地域で自分たちでどういう起業ができるかを考えてもらいますと。

 相手のニーズをきちんと把握して支援すること、自分たちで立ち上がるためにやりすぎないこと、寄付や助成の前に具体的な企画が先にあることなど、田端さんのお話はすごく参考になりました。

 小川さんは、「田端さんはすごい。表面的でないと思った。今まで、被災地支援の講演はたくさん聞いたけど、どれもどこか表面的で深く入ってこなかった。すとんと落ちた気がする。」とうなってました。

 田端さんの着実に女性に寄り添って支援している姿に、仮設住宅に入ってからの細やかな支援がより一層必要とされるのかなと感じました。私も夕方店を夫にまかせて行った甲斐がありました!土曜はちょっと心配だったけど、ほとんど来なかったみたい、お客さん(--〆ハハ、ヨカッタ?)。


 フェアトレードの支援のカタチ その2       2011年7月16日(土) [東日本大震災]

 先日、フェアトレード団体のツナミクラフトの東山高志さんがひょっこりお店を訪ねて来ました。
ツナミクラフトは、2005年のタイ・スマトラ沖地震大津波で被災したタイ南部の人々がつくった手工芸品を販売して自立を支援しています。

 いろいろな製品がありますが、今回の東日本大震災を知って、タイのお母さんたちがすぐに募金をはじめ、被災者のために「さをり織り」のリストバンドをつくりました。収益から被災地支援に使われます。

           リストバンド.jpg 

 「PRAY FOR JAPAN」日本への祈りをこめたバンドは、ひとつひとつ色合いの違う素敵なもので、古い時計を買ってバンドにつけたという人も。1本500円です。安い。

 「さをり織り」は、型がなく、織り手の自由な感性で織られるので、障害者の作業所などで行われていました。それを、JICA(日本国際協力事業団)のタイのプロジェクトで行っていたとき、岩手出身のカベサコ僧侶が自分のお寺の研修に導入し、そこに研修に来た津波被災地の担当役人が、心の傷を癒す効果と収入につなげるために「さをり織り」を被災者自立に始めました。

 映像作家の東山さんは、阪神・淡路大震災に被災した経験をもち、災害直後は大きく注目されても、時間がたつにつれて忘れられ、支援や復興事業が打ち切られ、自立する前に経済的に行き詰まることを身をもって知っていました。だから、津波被災者が民芸品で自活しようとしている活動に出会い、一時的ではない「続ける」支援を始めました。ツナミクラフトのブログhttp://blog.canpan.info/ideaeast/category_14/

             東山さん.jpg 
(写真がカーネルおじさんみたいに写りましたが、実際はもっと若いですよー(*^^)v)

 「仮設住宅に入ってからが、危ないんです。避難所にいた緊張が溶けてホッとしたり、落ち込んだりして、亡くなる人も多いんです。また、助けてあげたいと思っても、助けられない。ボランティアで支援に頑張って、精神的に参る人もいます。大事なのは、いつも忘れないように、電話や手紙でも声をかけたりすることです」

 これまで、東山さんは空港でタイからの支援Tシャツの受付を行い、やっと岩手に来れました!と、今回は、あちこち回ってみて、宮古市社会福祉協議会が「さをり織り」の研修を受け入れてくれたとのこと。このリストバンドも、宮古の社協でテスト販売しています。現地では、秋から研修に回ります。

 「フェアトレードが国内の被災地でも支援できるということを広く知ってほしい」と、熱い東山さん。


 このリストバンド、うちにある分は18日(祝・月)の森の音・感謝祭でも持っていきます。フェアトレード商品の販売のほか、ネパール・カレー(チキン・ベジタブル)も作って出します!久々のイベント調理だなあ!(^^)!。おいしいよー。500円で約40食限定。女子サッカーの決勝戦見て、朝仕込むぞっ。

 森の音さんでは、焼き鳥やフランクフルトなどを無料でふるまい(その分の寄付を義援金にあてます)、景品があたる抽選や木工クラフト体験、コンサートなど楽しい催しがいっぱいです。皆さんお気軽にお越し下さい。詳細は森の音ホームページで→http://www.morinone.co.jp/event.html#11

             森の音.jpg感謝祭チラシ

 お店は、17日(日)昼頃から臨時営業します。19日(火)は休みます。
 イベントの18日(祝・月)は、やるかやらないかは夫の都合次第なので、当日お電話下さい(^_-)。


 フェアトレード団体の支援のカタチ          2011年7月10日(日) [東日本大震災]

 毎日暑いですね!じっとしてるだけでも、汗が出る。昨年の異常な暑さが蘇ってきました。ブログが遅くて、ネタが古くなるのでまずいまずい。夕べ頑張って書いたところで、また消えて!目が点。寝た。

 このネタやめようかと思ったけど、やっぱり、5~6月の県外からの来訪者を簡単に紹介します。それが、彼らの支援の動きも伝えることになるからね。今まで消えたのは、大体書きすぎて長かったりして。
  (※青梅入荷のため、本日午後1時頃から5時頃まで営業します)


 東京からの若い青年2人は、「セカンド・ハーベスト(2H)」の蓜島さんと「フェアトレード・カンパニー」の勝元さん。2Hは、私もはじめて知ったのですが、十分食べれるのに廃棄される食糧を、必要とする人々に渡す団体です。被災地支援も続けていて、途中で寄ってくれました。蓜島さんは、えらく、おいもの店の外も中も感動し、ほめてくれて、うれしかった。二人のさわやかな写真が、間違ってデジカメで消してしまい、ごめんね。2Hの被災地支援活動もぜひ見て下さい。http://www.2hj.org/index.php/jpn_home


 元気な若い3人娘は、「ネパリ・バザーロ」のスタッフ高橋さんと内藤さんにボランティアの中島さん。釜石のボランティアに、仕事を終えた土曜の夜行バスで来て、日曜の夜行バスで帰るというタフさ。帰りのバスまでの時間にお店に寄ってみたいというので、夕ご飯も一緒に食べて飲みました。           
                ネパリ3人娘.jpg
 毎週精力的に横浜から被災地に駆けつけるネパリのスタッフらしく、ニコニコと「こういうことに(自腹で支援に動き、現地のお店で買物したり)お金を使うのがうれしいんです!」と買物もたくさんしてくれ、考え方も若いのにしっかりしていてホント感心しました。ネパリのブログはおいものトップページから。
また、このブログからも彼女たちの元気さがわかります。→http://fwinds.jp/mail-magazine/249nepali.html


 先月末の雨の中、フェアトレード団体でショップの「ぐらするーつ」の代表の鈴木さんとスタッフの佐藤さんが、東京から東北のフェアトレード・ショップの応援にと、フェアトレードの食品や雑貨の支援商品を届けに来てくれました。http://grassroots.jp/
               ぐらす.jpg

 2~3日で茨城・福島・宮城・岩手の9件のお店を車で回って様子を聞きながらの訪問でした。震災後すぐ義援金を集めていたぐらするーつは、やっと今回お店を訪問します!と各団体やショップに声をかけたら、たくさんの支援商品が集まったのです。頂いた商品は、早速支援セットなどもつくり、支援にあてます。有難うございました。

 今回の震災で、今まで途上国の底辺の人々の貧困改善に活動してきたフェアトレード団体が、すぐに国内の被災者支援に取りくむ姿勢に、あらためていい業界だなあと思いました。
 ぐらするーつのメルマガで今回物資提供してくれた団体さんなどを紹介していたので、転載します。



 フェアトレード団体が取り組む支援のカタチ 
―――――――――――――――――――――――――
各フェアトレード団体でも被災地支援の活動を行っています。海外での緊急支援活動の
ノウハウを生かした活動を行う団体、地域に根ざした活動を行う団体、支援のカタチは様々ですが
いくつかをご紹介します!


パルシック
http://www.parcic.org/
小規模な避難所をまわり、小回りのきいた活動を行なっています。今後は石巻市にて、
スリランカの漁村ジャフナでの活動経験を活かした、漁村の再建支援を行なう予定です。

パレスチナ子どものキャンペーン
http://ccp-ngo.jp/
岩手県大槌町で「東北子ども支援」として、子どもたちの心理サポート、生活物資支援、
写真の清掃・返却の活動を中心に、被災された方々と共に行なう支援活動に力を入れています。

ピースウィンズ・ジャパン
http://www.peace-winds.org/
現在は岩手県一関市を拠点に、仮設住宅入居者への物資提供、子どもたちの心のケア、
経済復興支援を活動の柱に活動を継続しながら、福島県産の農産物の販売を通じての
支援にも取り組まれる予定です。

シャンティ国際ボランティア会
http://sva.or.jp/
宮城県気仙沼市を拠点に、人々の衣食住のサポートや地域復興の支援活動を行なっています。
今後は被災地と全国をつなげるイベントなどの活動も展開される予定です。

シャプラニール=市民による海外協力の会
http://www.shaplaneer.org/
地元のNPOと連携し、茨城県北茨城市から活動を開始、現在は福島県にて
いわき市災害救援ボランティアセンターの運営支援を行っています。

ネパリ・バザーロ
http://nbazaro.org/wordpress/
釜石市にて街づくりの構想、“どんぐりとうみねこ村”プロジェクトを支援、石巻市沿岸部での
自宅避難者や、避難所から自主退出された方々への生活物資支援などを行っています。

第3世界ショップ
http://www.p-alt.co.jp/asante/
岩手県への救援物資の回収や配達、「東北応援あさ市」などの企画を通して周囲に
呼びかけ、現在は「市民復興トラスト」と称する、地域の仕事作りを目的とした活動を行なっています。


こちら以外にも、物資の支援や義援金募金などの活動を多くの団体が行っています。



 義援金の使い方~花巻市議会を傍聴せよ    2011年6月22日(水) [東日本大震災]

 緊急のお知らせです。花巻市議会議員の増子義久さんのよびかけです。

 明日23日の午前10時に花巻市議会を傍聴できる方は、ぜひおでかけください!

 花巻市への義援金を、一部の企業に助成金として使う案が出ていて、増子議員が明日追及します。
 
 義援金は約4000万円。そういえば、前に新聞で、義援金から花巻市内の全壊家屋1件に10万円、半壊家屋数件に5万円のお見舞金とあって、ひとケタ違うんじゃないの?と目を疑いました。あとのお金は市で使うようなことが書いてあり、どういう使われ方をするのかにすごく疑問を持ちました。

 「善意で集まった義援金が被災者に使われなくて、使途不明瞭な使われ方を追及する!花巻市民はもっと市のやり方をチェックして、おかしいことは追及しなきゃ!」と増子さん。


 花巻は、合併して10万人の人口ですが、市民が100~200人規模のイベントにちょうどいい会場がなくて、お隣りの北上市のさくらホールが新しく人気でいつも満杯状態。うちのお産の会もそっちでやったり(--〆)。
 
 不況で観光客も落ちてて、路線も少ないのに、花巻空港を移転新設したり、すでに立派な総合体育館があるのに、昨年から20億円もかけて第二体育館を建設している!

 花巻市図書館も古くて、狭くて、新しい本が少なくて、私のまわりでは、「体育館の前に図書館でしょ!」と怒り。市民は何にも知らされないまま、予算が通っていくので、市長も市長だけど、市議は市民の声を聞いているのと、言いたくなる。

 「くさった花巻を変えたい!」とのたまう元新聞記者で新進気鋭の増子議員の追及に市がどういう対応をするのか、ぜひ見てきてください。増子さん「ゆいっこ」の事務局長で支援活動をしています。ブログ http://samidare.jp/masuko/


 ネパリの温泉日帰り招待ツアー         2011年5月30日(月) [東日本大震災]

 昨日の日曜日は、早起きして宮城県の東鳴子温泉に日帰りで行ってきました。ネパリ・バザーロの支援活動のやじうまお手伝いです。詳しくはネパリのブログで。http://nbazaro.org/wordpress/

 先週は、夜は娘の部活の総会やお産の会、昼に放射能勉強会と連日続いて忙しい1週間で、少々疲れていましたが、お誘いも頂いていて、ちょうど他の予定もなく、エイヤッと新幹線を使って行きました。

 会場の東鳴子公民館の玄関前の山あいの春もやの景色。
                 風景.jpg

 横浜からネパリスタッフ・ボランティアが十数名駆けつけ、旧知の栗原市の器とカフェのカントリーストアの広田さんの仲間と私、総勢23名が公民館の調理室で朝9時からたくさんの献立を作りました。

 たっぷりお肉のウシャさんのチキンカレーの準備です。
                 ネパリ料理.jpg

 広田さん夫妻は4種のピザを焼いて大好評。これは、バジルとシーフード。私はキーマカレーを担当、広田さんの指示と下準備のおかげで簡単にネパリのマサラでおいしくできました。ヽ(^o^)丿
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 石巻から大型バスで到着した53名の方たちは、ネパリから温泉セットと湯めぐりチケットをもらって午前中温泉めぐりをして、12時からネパールカレー、おこわ、ピザ、煮物、あえ物、唐揚げ、フライ、サラダ、デザート、ビールや飲みものなどをバイキングにして、皆さんにお腹いっぱい食べてもらいました。

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 ネパリ持参のネパールのお皿が大きくて、バイキングにぴったりですが、おかずが盛りきれないほど。
「こんなうまいカレー生まれてはじめて食べた!」という若い男性の声に厨房は歓声です。!(^^)!           
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 食後はシャンソン歌手水織ゆみさんの歌を聞きました。水織さんは、6月1日に東京でチャリティコンサートがあり、youチューブで午後3時と7時に配信されるそうです。6月17日はイギリスでコンサート。30年前に大会で優勝されて、その実力と敬愛する越路吹雪さんのような歌声で涙する人もいました。

                 水織ゆみ.jpg

一見皆さんくつろいで元気そうなお顔ですが、私も食べながら参加者とお話を聞くことができました。

 「周りはみんな、親兄弟が流されたんだよ」
 「生きていても大変、死んでた方がよかったと言う人もいる・・・」
 「津波の時学校の3階に皆で逃げて、3日間孤立して、寒くて眠れず、水もなく食糧もかっぱえびせん1人2つとかで、子どもたちは死んでしまうのではないかと思った」
 「今も車で海の方の道を走ると、子どもが『お母さん、ここは津波が来ない?』って何度も聞くの」
 「エコポイントだったか、昨年買ったばかりの新車を流され、借金だけ残って・・・」
 「泣いても泣いても、涙が枯れるということはないのね」
 
 皆さん、大変な痛みを抱えながらも気丈に振舞っていて。でも今は心の問題が出てきていると。

 残ったお料理はネパリが用意したタッパ-に詰めて、靴や服のおみやげを手にして、皆さんが到着した時と帰る時の表情は本当に違いました。何度も感謝されて、バスの中からいつまでも手を振っていました。

 あらためてネパリの支援の力に感嘆しています。私はこの1ヶ月支援と離れていました。震災後落ち着かず、4月に2回被災地の友人に会って少し安心してからは、厳しくなっていたお店と今年進路で揺れる2人の娘のことなど自分の生活の立て直しに専念しました。
 何かと忙しい5月でしたが、少しずつ落ち着いてきて、6月はまた徐々に支援の方も考えてと思っています。県外の友人たちも「何かできることは?」と言ってくれて有難く申し訳なく、もうちょっと気長に待っていてくださいね。

 カントリーストアの広田さんとは何年ぶりでしょう。6年前、3年前の宮城県沖地震で周囲も被災し、今回が3回目の地震。私が思うように支援に動けていないと話すと、「いくら直接の被災でないといっても、同じ県内にいる地元というだけで、私たちも被災者なんだよ。内陸にもいろんな影響が出ているもの。今は遠くの人たちが支援にきてくれていいの。これは5年も10年もかかるから、地元はずっとつきあっていかなきゃいけない。焦らなくていいから、今は無理しないで。これから必要とされるから」


 広田さんの友人の千葉さんが元気で明朗で看護師師長で助産師とわかり、栗原市の3つの公立病院で出産ができない状況を聞いて、出産環境の問題で話が盛り上がり、うれしい出会いでした。ちょこっとお手伝いに駆けつけたのが、逆にネパリと広田さんから力と励ましをもらって帰った定休日でした。

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