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 お産サポートJAPANの岩手訪問 2日目    2011年7月28日(木) [東日本大震災]

 お産サポートJAPANの小川さん、岡崎さんと一緒に沿岸の被災地に行きました。
 
 町の9割が被災した大槌町で、以前ブログでも紹介した町議の赤崎さんに案内して頂きました。
赤崎さんがいた避難所、城山体育館から展望台に上って、被災した町の風景を説明してもらいました。

                大槌.jpg

 「あそこが公民館、あれが役場、あそこにうちがあってね。この下のお寺が避難所だったけど、そこも危ないというので、そこからお墓の間の道を上って、助かったんです。それでも危機一髪で。流された人もいました…」

 次に、まだがれきが残る町なかを案内してもらい、3週間前に入居したという仮設住宅に行きました。
 大槌町は、海のそばで平地が続き、その分津波の被害も大きかったのですが、仮設住宅もなかなか高台がなく、海沿いから10分ほど車を走らせていくと、突然田んぼの真ん中に現れてきました。
 
                 仮設.jpg
 車がないと買い物にも不便です。赤崎さんも、大槌に店はないので、40分かけて釜石まで行きます。
 仮設は4畳半2間と台所で、奥様と二人住まい、家族構成に合わせた広さです。ただ、収納場所が少なく、台所に棚を作ろうにも壁に釘を打つのはダメといわれて憤慨してました。震災前は、広い敷地に自宅と鍼灸治療院を新築して7年住んだだけで津波が来て、残ったのは借金だけ…。本当に悔しい。  

                  赤崎さん.jpg

 大槌の後は、大船渡市三陸町の山下さんを訪ねました。山下さんは、海から離れていたので、家も家族も無事でしたが、自然卵の養鶏を営んでいて、3.11の金曜日は妻の直子さんが陸前高田に卵の配達に行ってました。本人は危機一髪で戻ってくれたものの、卵のお客さんの多くの家が流されたのです。震災直後は、避難所に卵を無料で配って歩きました。お客さんが仮設に入って、またとりはじめてくれたものの、新たな問題が出てきました。

 「震災だけだったら(復興に)頑張れるけど、まさか放射能の問題が出てくるとはねえ」とお母さん。

 山下さんは、卵と鶏肉を検査に出した結果、卵は大丈夫でしたが、鶏肉にセシウムが出て、販売を中止しました。いくら自給自足とはいえ、収入が落ちて厳しいはず。でも、「ここ1~2年の辛抱かなと考えています」と弱音を吐かず、明るくて、さすが若いときから田畑の仕事、鶏の絞め方も上手かった直子さんです。

 原発の話になり、小川さんが住む東京の地域では(被災地のことより)放射能の話題ばかりとか。給食で岩手のお米を使っていたけど、岩手は放射能検査をしないから、岩手のコメを買わない運動(署名活動)をしているというのです。小川さんはその運動には疑問があり、署名はしなかったけれど、実際に原発の影響で丹精込めて育てた農産物が売れない、買ってもらえない生産者の苦悩を、消費者はどれだけ知っているのでしょう。

 帰りに残念ながら陸前高田を回る時間がなかった・・・。岩手は県で一番大きく広くて、沿岸に行くのに最低1時間半から2時間かかるので、2か所が精一杯でした。今回、行く前に友人が沢山の贈答品を届けてくれたので、他の支援の商品と一緒に届けたら、必要な人に分けますと喜んでもらえてうれしかった。

 少しは、小川さんたちのお産サポートの訪問目的を達成できたかな。また、来てくださいね。
 
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