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 釜石・大槌町へ、みぞれ雨          2011年4月23日(土)    [東日本大震災]

 先日19日の定休日に、釜石・大槌・田老に行ってきた。遠野を通って。

 私がはじめて遠野に行った時、日本の原風景のようで感動した。いま遠野は自衛隊やボランティアセンターなどの支援活動の拠点になっている。この日は寒く、みぞれまじりの雨で、峠を越えて釜石へ。           

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 釜石の中心商店街の全部の店の1階が全部浸水して、前の歩道はがれきの山の通りに茫然。
 
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 みんなは早く店や町を復興したいと思っても、そこで再建してもいいのか、危険区域でだめなのか分からず、被災住民も戸惑っているのが現状。

 釜石から30分の大槌へ。大槌町は陸前高田同様、町が壊滅的で、役場職員も幹部級がなくなった。      
 
            大槌.jpg

 大槌の目的は、避難所での人探し。やっと城山体育館避難所にいるわかって、ではせっかくだからと、「お産と地域医療を考える会」も関わる、「被災地妊産婦を花巻に受け入れ事業」のチラシを持って、紹介された山内医師と保険師に会って説明、懇談。

 そして、ずっと気にかけていた、「考える会」の会員で大槌町議の赤崎さんを探しました。いつもの居場所に本人はいなくて、朝出かけて夕方帰るという。役場の人に彼の携帯番号を聞き出そうとしても分からず、諦めるかなと廊下で立ってたら、目の前を涼しい顔で意気揚々とトイレに向かう赤崎さんに似た人が通って、ダメもとで声かけたら、本人でびっくり。偶然というか、不思議な縁。…でもよく考えたら、私携帯もってなかったけど。

 「おー新田さん、よく来てくれたね。さあさあ、僕の新居にどうぞ、案内しますよ」
 鍼灸治療院を30年以上営み、産科不在の大槌町で、女性の出産環境を改善したいと、7年前に新聞で当会の設立を知って連絡をくれた赤崎さんは、きっと町の復興に頑張っているだろうと思っていた。                   
            赤崎さん.jpg

 「あのね、新築した家に7年だけ住んで、全部流されてローンだけ残ったよー」と言って、「夢はね、大槌に日本一の老人ホームを作って、お年寄りも若い人も町に来るようにしたいんだ」。吊るしびなで有名な奥さんは関東の娘さんのもとへやり、単身残って4期目の町議選に賭ける、復興への想いを語りました。69歳、めげずに元気です。

 避難所をから大槌を走っていて、偶然出会ったかの有名な光景。民宿の上に観光船「はまゆり」。手前の朱色の柱は、なんと神社の鳥居だった。
                はまゆり.jpg

 大槌から北の田老町へは、2時間近くも。桜の季節なのに、気温1~2度!雪がふぶいてきた。         
            田老へ.jpg つづく

 きのうから、春夏展示会やっています。日曜日も営業です。どうぞ、いらしてください。
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